「ワインを楽しむように、クラシック音楽を楽しむ方法」~音楽美食道入門1


1.「文化」として理解しよう!

「食事もお酒も、そして音楽も、好きなように楽しめばいい」……という意見は、それはそれで正論なのであるけれど、我流で楽しむだけでは「ワイン通」にはなれないのもまた事実。(※いうまでもないことだが、ある種のワイン通が鼻につくのは、彼らが品なく自分の知識をひけらかすからであり、ワイン通であること自体がうざったいわけではない。)

ワインにしろ、映画にしろ、歌舞伎にしろ、ジャズにしろ、クラシック音楽にしろ、上辺の心地よさを楽しんでいるだけでは、表面部分しか味わえていないのに等しい。俗にいう本能的・感情的な「右脳」で捉えるだけでは、いくら感受性をオープンにしたところで得られる快感はたかが知れているのだ。なぜならば、これらはいずれも単なる「商品 product」ではなく、歴史的な文脈(コンテキスト)をもつ「文化 culture」だからである。

2.「文化」の正体

文化という日本語は「カルチャー culture」という語が翻訳されたものであるが、カルチャーの語源は「耕す cultivate」であるという。つまり、人の手が入っていない「自然 nature」そのままではなく、人工的なもの(=人によって耕されたもの)が「文化」なのだ。

「文化」の素晴らしいところ、それは「好き嫌い」を超えたところにある。例えば、それまで安ワインしか飲んだことがなかったような人が生まれてはじめて、質の高いワインを飲んだとしよう。ワインに対する知識(ワイン文化に対する造詣と言い換えてもいいだろう)が無かったとしたら、その判断基準は、今の自分にとって「旨い」か「不味い」かというモノサシしかはかることができないのだ。

文化として、ものを「商品」ではなく「作品」として楽しめるようになるためには、その文化が評価される際に使われている「ものさし」や「地図」を身につける必要がある。ワインにおけるソムリエが身に付けるべき知識とも言い換えられるだろう。こうした地図やものさしが身につくまでの間のギャップこそが、いわゆる「敷居が高い」という現象を生み出しているのだ。

3.「音楽美食道入門」とは?

しかし「ものさし」や「地図」は簡単に身につくものではない。少しずつ時間をかけて、そこそこの年月を費やす必要があるが、それが「お勉強」になってしまうと身につくまでがしんどいプロセスになりがちだ。

だから、この「音楽美食道入門」では、その料理(音楽)が一番美味しいところ、そして本質的なところをピンポイントで紹介していきたいと思う。大作曲家たちがもてる技術を注ぎこみ、腕によりをかけて料理した名曲たち。それぞれの作品の一番の旨味を、ひたすらつまみ食いしてもらうことで「クラシック音楽」の本質を楽しみながら理解してもらおうというのが「音楽美食道入門」の趣旨となる。お付き合いいただければ幸いである。

(次回更新は10/22(木)を予定)

小室敬幸

投稿者: 小室敬幸

作曲と音楽学を学び、現在は音楽に関する色々な仕事をしています。かつてはNPOで働き、現在は大学などに勤務。WEBサイト(http://reclassica.com/)