ニートでヒモだった作曲家 ~コンロン・ナンカロウ

nancarrow

 芸術で飯を食うというのはやはり大変難しい。アメリカ芸術音楽の父であるアイヴスは保険代理店を経営し、ミニマルミュージックの巨匠ライヒもタクシー運転手や引越業などで食い扶持を稼ぎ、あの「4分33秒」で有名なジョン・ケージもベビーシッターなどのアルバイトで生活費をまかなった。

 それに対し、このナンカロウという作曲家は音楽で飯が食えなかったにも関わらず、「ニート」で「ヒモ」だったというかなりの問題児。

 若い頃こそ働いたり従軍したりしたものの、40歳手前で父親の遺産を譲り受けてからの約20年間はほとんど働かずに遺産を切り崩して生活し、それが底をついた後は、日本人妻の給料で生活費をまかなっていた正真正銘のニートでヒモ。まるで売れないバンドを性懲りもなく続けるダメ亭主みたいな作曲家なのである。

 では、仕事もせずにナンカロウは、どんな音楽を書いていたのかといえば、「人間には演奏不可能な作品」だったというのだから更にたちが悪い。現在であれば、演奏不可能な音楽をパソコンに打ち込んで演奏させることも簡単になったが、当時はそうもいかず。代わりにナンカロウは、オルゴールのような方法でピアノを演奏してくれる「自動演奏ピアノ」を自らの相方として、ひとり淡々と作曲し続けた。  つまるところナンカロウは、一部の知人以外からは理解もされない音楽を書いている「知る人ぞ知る変人作曲家」でしかなかった……1980年までは。

 1980年――、ナンカロウの運命は一変する。ヨーロッパを代表する現代音楽界の大スターで、最も影響力のある作曲家のひとりであったジョルジュ・リゲティがナンカロウの音楽を聴いて大きな衝撃を受け、これ以上ないほどの熱烈な賛辞を送ったのである。  そして、それ以来というもの、世界各地から作曲の委嘱や、講習会・講演の依頼が舞い込んだ。更に1982年には財団より30万ドルもの給付金を得ることができ、70歳前後にしてやっと作曲家として経済的に自立することが出来たのであった。

 時代がついにナンカロウに追いついたのだ。

【初出】Music Dialogue FLUX: THE LAST QUARTET ~FLUXに聴く、音楽のいま~
小室敬幸

投稿者: 小室敬幸

作曲と音楽学を学び、現在は音楽に関する色々な仕事をしています。かつてはNPOで働き、現在は大学などに勤務。WEBサイト(http://reclassica.com/)