エピソード7「フォースの覚醒」公開記念! ~スター・ウォーズの音楽分析【初級編】

Star Wars

今回のテーマ: スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望 Star Wars Episode IV: A New Hope(1977)
※日本では1978年公開
映画本編を観たことのない人は沢山いるかもしれないが、「スターウォーズ」という名前や、有名なメインテーマの音楽を聞いたことのない人はほとんどいないだろう。

映画史、SF史、サブカル史に燦然と輝く不朽の名作映画「Star Wars スターウォーズ」。2005年に公開されたエピソードⅢ以来、実に10年振りの新作が2015年12月18日に世界で一世に公開される。2005年に公開されたのはプリクエル(前日譚)となる内容のため、ストーリーが正式なかたちで先に進むのは、なんと1983年以来32年ぶり(!?)とあって、世界中の映画ファンたちが浮き足立っている。

John_Williams_with_Boston_Pops-2 その超人気シリーズの魅力の一端を担っているのは、間違いなく巨匠ジョン・ウィリアムズ(1932- )作曲の映画音楽だ。2010年には、あのウィーンフィルがはじめて演奏するなど、既にクラシックな地位を確立したといっていいだろう(その他に、2015年にはベルリンフィルも演奏している)。

ジョン・ウィリアムズの音楽が魅力的なことは間違いないが、では実際の映画本編のなかでは具体的にどのような役割を果たしているのか? これから、何回かに分けて、その秘密に迫ってみたいと思う。まず第1回は「音楽が喚起するイメージ」の話をしよう。そのために、欠かせないのは、音楽の「パクり疑惑」についてだ。

名映画音楽にパクり疑惑!?

Erich Korngold(※以下ネタバレ有り) スターウォーズの音楽に対して、はっきりとパクりと言われることは(少なくとも日本においては)それほど多くないように思われるが、他の曲にそっくりな部分が多いのも割と知られた話である。とりわけ、ハリウッドの映画音楽の基礎を作ったとされるエーリッヒ・コルンゴルトの作曲した映画音楽「キングス・ロウ」(1942)(邦題「青春の嵐」)のメインテーマの似かより方は相当なもので、パクり疑惑が持ち上がっても不思議ではないほどだ。

比較動画 ジョン・ウィリアムズ『スター・ウォーズ メインテーマ』とコルンゴルト『キングス・ロウ』

はじめて、聴かれた方は驚かれたであろう。テンポ感こそゆっくりであるが、旋律の前半部分がまるで同じであることは誰の耳にも明らかだ。更には、こうした事例はスター・ウォーズの音楽のなかで他にいくつもあるのだ。果たしてこれは、いわゆる「パクり」なのだろうか?

だがここで問題にすべきはパクり疑惑の真偽や、その是非ではない。今回の論点は「何故、パクりとも取られかねないほど、既存の楽曲に似せているのか?」ということだ。そのためには、映画音楽がどのような役割を果たしているのかを考えてみる必要がある。

映画音楽の役割

映画音楽の「パクり疑惑」として、有名な例に黒澤明監督『羅生門』における早坂文雄の音楽が挙げられる。まずは下記の動画を再生していただこう。

パクり?黒澤明監督『羅生門』より「真砂の証言」の場面

パクりの「元ネタ」となっているのは、お気づきの通りモーリス・ラヴェル作曲のボレロだ。(※ボレロにピンとこない方は、下記の動画を再生して答え合わせをどうぞ。) arrow 元ネタラヴェル:ボレロ

なぜ、ここまでそっくりになってしまったかといえば、黒澤明の作曲家への指示方法に大きな要因がある。黒澤は、作曲家に指示する際、事前に既存の音楽を聴かせていたという。当然、この場面には黒澤の頭のなかにラヴェルのボレロが想定されており、それを元に早坂文雄が作曲したが故に、ここまであからさまに似通ってしまったのだ。しかしながら、果たしてこれは悪いことなのだろうか?

映画音楽にどのようなことを求めるのかは映画監督によって判断は当然異なるが、少なくとも何らかの「イメージ」を喚起させたり、場合によってはイメージよりも具体的な「意味」を伝えたりする役割を担っているのは間違いない。では、どのようにしてイメージを喚起させるのか?

音楽で何らかのイメージを喚起させる際、そのイメージを「映画の内」で関連付けるのか、あるいは「映画の外」から持ち込むのかという、大きく分けて2種類の観点から考えることができる。

映画の「内」からイメージを喚起させる

まずは「映画の内」で関連付ける方法から説明していこう。今回取り上げているエピソードⅣの事例でいえば「レイア姫のテーマ」が具体例としては比較的分かりやすい。映画の前半部でレイア姫が画面に登場する度に、同じ旋律(下の「動画」や「譜面」を参照)が登場する。
princess leia theme

レイア姫の登場シーン[1回目]R2-D2に設計図を託す場面
 
レイア姫の登場シーン[2回目]帝国軍に捕まる場面
 
レイア姫の登場シーン[3回目]ルークがレイア姫のメッセージを発見

RichardWagnerこれは一般的に「ライトモティーフ(示導動機)」と呼ばれるものだ。もともとは、19世紀ドイツの作曲家リヒャルト・ワーグナーが彼の楽劇(いわゆるオペラの一種)で用いた手法である(ワーグナーの場合、場面に合わせて、より大きく音楽が姿を変えていくのだが)。特定の旋律が、関連する場面で、何度も登場することにより、映像だけでは伝えられないイメージを描写してゆく。では、逆に「映画の外」から持ち込む手法は、どういうものなのだろうか?

映画の「外」からイメージを喚起させる


SW4メイン・テーマ

今度は、先ほども取り上げた「メインテーマ」を例にしよう。楽曲冒頭では、金管楽器が中心にファンファーレ的な音型を吹いたり、主旋律を奏でたりしているのを聴いて、多くの人は「勇ましさ」「冒険活劇」というようなイメージを喚起するであろう。これは前述したライトモティーフと異なり、類似した音楽から連想されるイメージを「映画の外」部から持ち込んだといえる。

逆にいえば、他の楽曲に似てないオリジナルな音楽を書いてしまうほど、連想されるイメージを喚起するのは困難なのである。そのため、類似した音楽からの連想を狙うとなると、「パクり」ないしは、それに近い事例が発生しやすいわけなのである。

前述した映画の内で関連付ける「ライトモティーフ」については次回語ることにして、今回は作曲家ジョン・ウィリアムズが映画外部の素材を用いながらどのように「イメージを喚起」しているのかについて考察してみよう。

メイン・テーマ[その2]

先ほどもコルンゴルト『キングス・ロウ』に似ていると紹介したメインテーマであるが、他にも他の楽曲に似た部分がある。該当部分を聴いていただいた後に、その下にある「元ネタ」と疑われる音楽を聴き比べていただこう。

SW4メイン・テーマ

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元ネタ1デュカス:交響的スケルツォ『魔法使いの弟子』

元ネタ2ホルスト:組曲『惑星』より「火星~戦争の神」

元ネタ1]のデュカス「魔法使いの弟子」は、映像でも分かるようにディズニー映画の古典『ファンタジア』(1940)のなかでも取り上げられており、ドイツの文豪ゲーテの書いた同名の詩(のフランス語訳)のストーリーを元に作曲されている。スターウォーズのメインテーマに似た音型が登場するのは、ストーリーのなかで魔法を使うシーンだ。元ネタでは、増三和音(コードネームでいうところの、Aug オーギュメントのコード)が使われているのに対し、スターウォーズでは長三和音(普通のメジャーコード)に置き換えられており、元ネタの不安定で不思議なニュアンスは薄まり、ファンファーレ的なニュアンスに近づいている。 [元ネタ2]はホルストが宇宙を題材に描いた組曲『惑星』のなかで「戦争の神」という副題のついた「火星」である。当然こちらは「宇宙」「戦争」というイメージが連想される。

前者については元ネタからニュアンスが変更されているため、喚起されるイメージは元ネタから離れている。対して後者についても、ここの部分だけで明確にジョン・ウィリアムズが「宇宙」「戦争」という意味を込めていると断定することはできない。しかし、その近似性は我々に連想の余地を与える。ホルストの『惑星』については、他の部分でも類似を指摘されることがあり、ジョン・ウィリアムズ自身が意識、無意識に関わらず、類似素材を用いていることは注目に値するであろう。

惑星タトゥイーン

次の事例は前述した例よりも、より積極的な意味付けを読み取ることができる。それは帝国軍から逃れたR2-D2とC3POが極秘任務として惑星タトゥイーンに着いたあとの場面だ。

SW4タトゥイーンの砂丘海/ジャワのサンドクローラー(The Dune Sea of Tatooine/Jawa Sandcrawler)

映像を観ても分かるように、タトゥイーンは見渡す限り砂丘の広がる惑星で、この直前まで繰り広げられていた宇宙での戦闘シーンが近未来的(実際は「遥か昔」という設定ではあるが、現実世界の現在よりも高いテクノロジーを持っている設定であることは間違いない)なイメージを帯びていたのに比べて「原始的」な雰囲気となっており、著しいコントラストを生み出している(ジョージ・ルーカス監督は台本第4稿で「No Man’s Land 無人地帯」と表現している)。この場面の音楽の元ネタと考えられるのは、ストラヴィンスキーの作曲したバレエ音楽『春の祭典』だ。

arrow 元ネタストラヴィンスキー:バレエ音楽『春の祭典』より第2部冒頭

たゆたう和音の動きが、類似していることは明らかであろう。なお、『春の祭典』をよくご存じの方は、その和音に被さって奏でられる細かい音型も、同曲の別の場面に登場するような音型に似ていることにお気づきになるだろう。この後の場面でも、タトゥイーンでの音楽には『春の祭典』からのエコーが聴こえてくる。

これは、もともと『春の祭典』が原始的な内容を題材にした音楽だからと考えられる。原作バレエの内容とは異なるが、先ほどの『魔法使いの弟子』と同様、『春の祭典』もディズニー映画『ファンタジア』で取り上げられているが、その際も原始的な内容のアニメーションとなっている。これにより、前のシーンとのコントラストがはっきり付けられているのだ。

ディズニー映画「ファンタジア」(1940)より『春の祭典』

エンディング

今度はパクりと疑われかねない事例ではない、イメージを喚起する場面をみていこう。帝国軍のデススター破壊に成功し、王座の間でルークとハン・ソロが表彰されるエンドロール直前のシーンだ。

SW4王座の間(Throne Room)

重要なポイントとなるのは、この場面にはセリフが一切ないということだ(チューバッカの鳴き声など、言語ではないものは挟まれているが)。そのため、他のシーン以上に音楽の果たす役割は大きなものとなっている。これは、バレエにおいて激しく舞わない場面に近しいものがある。踊りの要素が少ない分、音楽に比重が寄るのだ。その最たる例が「アポテオーズ」である。チャイコフスキーの『眠りの森の美女 Sleeping Beauty』のラストは、このアポテオーズで締めくくられる。

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チャイコフスキー:『眠りの森の美女』よりアポテオーズ

アポテオーズという聞き慣れない単語は、元来「神格化」という意味をもつ言葉だ。古くはバロック時代にクープランが作曲した「リュリへのアポテオーズ」などが知られるが、このチャイコフスキーに近いスタイルは、他にエクトル・ベルリオーズが『葬送と勝利の大交響曲』第3楽章で書いている。最初は金管楽器のファンファーレではじまり、そのあと堂々として決然とした音楽が続いていく

では、アポテオーズ的なスタイルを用いたスターウォーズの「王座の間」にはどんなニュアンスがあるのか。おそらくは「神格化」ではなく「英雄化」する意味があるのだろう。ジョージ・ルーカスによる台本の第4稿にはこのシーンの雰囲気を表現する単語として「awestruck 恐れかしこまる」が使われている。「awestruck」さを表現するために、単なる祝祭的な雰囲気ではなく「アポテオーズ」的な厳かさを持ち込んだのではないだろうか。

次回予告

今回は【初級編】として作曲家ジョン・ウィリアムズが、音楽によってどのようなイメージを喚起しようとしているのかについて、いくつかの例を挙げて解説しました。次回は【中級編】として、「ライトモティーフ(示導動機)」について解説予定です。ジョン・ウィリアムズが、どのように音楽で物語を語っていくのでしょうか。その方法に迫ります。

小室敬幸

投稿者: 小室敬幸

作曲と音楽学を学び、現在は音楽に関する色々な仕事をしています。かつてはNPOで働き、現在は大学などに勤務。WEBサイト(http://reclassica.com/)